「PRIDE」名古屋総会特集 対談 三浦康彦氏×木野瀬吉孝氏
2015年06月10日
「PRIDE」名古屋総会特集
対談 三浦康彦氏×木野瀬吉孝氏

熱田台地・尾張地域のDNAを引き継ぐ名古屋印刷業界の地の利と精神性

ものづくり千5百年の歴史を支える物流拠点・トヨタ、三菱小型ジェット旅客機の生産拠点として約束される未来


徳川家康生誕4百年を機に、いわれを持つ各地で社会・経済・文化に多くの影響を残した業績に再スポットを与える企画事業が開催されている。印刷センチュリークラブ(浅野健理事長)も発足7年を機に、印刷業界はもとより一般社会への印刷百年の業績と百年を超えて企業継承を願う印刷経営者の「社会への寄与」を主眼とする活動を根付かせる活動に転じていく。
 昨年の定時総会で「総会及び情報交流懇親会の開催を各地持ち回りで開催する」ことが決議されたが、平成27年度通常総会は印刷センチュリークラブ監事のお一人である三浦康彦氏(エムアイシーグループ代表取締役社長)のお引き受けによって名古屋での開催となり、その名称も「名古屋城能楽堂会議」として7月17日に開催されることになった。
 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と日本統一に名を連ねる個性強い3人のリーダーを輩出した尾張の土地柄を背景に、名古屋印刷業界はどのような精神的DNAを今に活かし、変わる印刷業界にどのような環境を設定しようとしているのか。熱田台地から始まる「ものづくり1千5百年」の歴史風土が育んだ名古屋の企業家精神を、三浦康彦監事と全印工連副会長の木野瀬吉孝氏(愛知県工組理事長・木野瀬印刷社長)が対談の形で全国印刷業界にお届けする企画を5月28日、名古屋印刷組合で実施した。
 海に接近しながらも水の無い台地・熱田台地で始まった土器づくりは、やがて窯業「須惠器」に発展するが、海運を利用して各地に運ばれ、新機能を盛り込んだハイブリッド型の器として繁栄する。この物づくりと海に直結した物流拠点の強さは、尾張一族の造船業を生み出し、江戸時代になって徳川家康が水の無い台地に南北に走る堀川を施設して名古屋城を築く。現在では東に東京、西に大阪の消費地を配する名古屋経済圏は、トヨタ自動車や三菱航空研究所などが運輸拠点の性格をさらに鮮明にする。こうした風土と地理的条件が印刷企業の成り立ちと企業経営者の精神にどのように反映しているのか。印刷業界と名古屋の風土を知り尽くす三浦氏と木野瀬氏の両氏が対談で語り明かしていく。
日本の中央に位置する地盤強化な台地
東日本大震災後、大企業が物流拠点に

三浦 印刷センチュリークラブが今年発足七年目を迎え、企業変革から革新へと業界の動きが変化してきたことに対応して、「百年企業におけるこれまでの業態変革の実例から学ぶ」を基本としながらも、受注産業から創注産業への目線を加えて、地域需要者に寄り添う姿勢、言い換えれば「社会貢献」の在り方を求め、業界と一般社会に印刷企業の役割りと、その役割を果たす強さの根幹を提示していこうと変わり始めています。
そこでセンチュリークラブの主要事業である総会と情報交流懇親会を、全国各地の会員業界をクローズアップする形で、持ち回りで開催することになった第1回目を名古屋からスタートすることになったのです。来年は金沢との声がすでに出ていますが、地域と密着して活動する印刷業界を新しい視点で理解していく機会になるのではないかと思っているのです。
そこで今回、永年にわたり愛知県印刷工業組合の理事長として、また全印工連の副会長として印刷業界の動きをよく理解しておられる木野瀬理事長をお迎えして、名古屋の業界はどういう業界なのかを、あらためてクローズアップしてみたい。他府県と比べた場合の異質性がどこにあるのか、地場産業としての影響を受ける経済環境、このあたりはどうなのか。それから、東京と大阪の中間位置にある名古屋の地の利、そのメリットは何か。今後の名古屋はどう発展していくのか。こういうことを主題に語り合えたらと思っています。よろしくお願いします。
木野瀬 今回の名古屋総会では、名古屋城の本丸御殿の修復状況を見学するとも聞いていますが、ものづくり1千5百年の歴史を持つ名古屋経済圏の底力を多くの方々にご理解いただける機会になるといいですね。
三浦 木野瀬さん、名古屋の特殊性というか、印刷業界全体の再建計画に長く携わってこられていますが、名古屋の特殊性をどのようにお考えになっていますか。名古屋の印刷業界は他府県と比べてどこが違っているのか。その中で名古屋はどのような受け皿を作ってやっていこうとしているのか、良いも悪いも含めてお話し願いたい。
木野瀬 以前は東京・大阪に埋没するような時期もありましたが、ここに来て、「ものづくり県」としてクローズアップされています。どこに行っても「愛知はいいね」と言われます。愛知が特別いいわけでも何でもないのですが、そういう見方をされること自体、この地域の特性が現れて評価されているのではないかと思います。
 全国の中央に位置しており、全体的に地盤の固い地域であることから、物流の拠点を中部地区、または愛知を中心に岐阜あたりに拠点を置く企業が全国的に増えています。これはBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を請け負う上においても有利に展開しているという感じがします。物流にしても、うちも通販をやっていますが、青森よりも北、鹿児島よりも南以外は夕方に出せば翌日に着きますので、こんな恵まれた地域はここだけではないか。この利点は今も生かされているし、今後も生かされていくと思います。
三浦 確かにそうですね。大企業が移りだしたのは、いつごろから顕著になったのでしたかね。
木野瀬 東日本大震災後が特に顕著ですが、その前からあります。例えばジャパネットたかたは愛知県春日井市だけにしかないですし、岐阜県多治見市にはアマゾンというように、物流の拠点として集まってきています。
 東京、大阪に比べて土地代が安いこともあります。関東地区に倉庫業を持とうとしてもペイしないので、それはこちらで請け負うという形が自然な流れだと思います。東北や中国、九州の方だと、全国的な物流としては体をなさないところがあります。
三浦 情報的な面、例えば関東から官庁の情報、大阪からは芸術っぽい感性的な情報など、情報収集という面での地の利はどうですか。
木野瀬 情報の場合は、今はなんら問題ないですね。逆に情報過多の時代ですから、的確な情報をどうつかむかの方が情報を収集するよりも大事な時代になってきています。分析するのも冷静な判断がいる時代に、やたら近くにいて情報が流れるよりは、逆にプラスになるのではと思います。
三浦 情報収集よりも分析、ふるいにかける。その地の利ですね。愛知県は明治からものづくりが盛んであって、戦前・戦後、豊田紡績、豊田織機がトヨタ自動車になりました。このところの円安もあって輸出企業は元気がいいです。しかしながら、中小のわれわれから見ると円安は、印刷業界を含めてどの業種も、原材料の値上げなどが響いたりして、全国的に好況だと言われている中でも、実感がないのが本当のところではないか。そういうギャップを見ながら生活しています。しかしながら、ものづくりの生産拠点として、全国的に見ても愛知県はかなり高いものがあります。それを何らかの形でわれわれの仕事に活用しなければならない。そういうこともあります。
 愛知の人たちは独創性が高い。独創性というのは、ものづくりの中では特に大きくて、多くの発明や、改善にもつながっています。そういう伝統があって、印刷関係の方々でも改善をするなど、業態変革という言葉が生かされてきたと思います。

自社のことよりユーザーに目を向ける
保守的ではなく斬新な反骨精神の都市文化が昔からありますね
木野瀬 それこそ名古屋の歴史だと思います。確かに徳川家ですが、徳川御三家でありながら徳川家に一番反発したのが尾張です。いまだに中央に対する反骨精神が生きています。質素倹約をしなさいと言われて、では何をすればいいのか。それに反発して徳川宗春は干されてしまいました。大須も一度はすたれたのですが、今、大須ではリユースデパートのコメ兵が全国展開しています。反骨精神があり、そこで独自の文化を作り上げるエネルギーを持っています。
 そのDNAが生き続けているような気がします。一つのことをやり遂げるにしても、例えば有名なノリタケは、ノリタケは森村グループですが、統合してターゲットは世界です。世界に冠たるものにするにはすべて統合してしまえというやり方で、陶器から住宅産業にまで上り詰めています。
 グループとしてどう発展させるかということになってきます。トヨタにはマツダと提携するというようなおおらかさがあります。何が目的かというと、ユーザーのために競争力をつけるにはどうすればよいか。自社のことよりもユーザーに目を向ける。愛知は保守的だとよく言われますが、保守的ではなくて、斬新な、反骨精神の町だと、私自身は思います。
三浦 それが、ある意味、文化というのか、そういうものにも現れて、名古屋城の本丸御殿ができて、焼失してから復元していますが、特に尾張地方は文化を大事にする。それを痛切に感じます。これは歴史的な背景があります。三河地方でいえば海運で、五万石の岡崎城の前まで船が着く。そこから綿織物など、関西や関東から来る品物や、三河湾でできた塩を岡崎から広く長野県まで運ぶ塩の道がありました。そういう歴史的な背景もあって全体が潤っていました。
木野瀬 街道と海道があり、塩を運ぶのが街道で、塩尻は塩の終着点でした。その地域で文化を完結させて成長してきています。また、挑戦することが得意なので、東京とは張り合わない。大阪は東京と張り合うところがありますが、張り合う必要はなくて、よい意味で漁夫の利を得る。そんなところで独自の文化、独自の企業が発達し、それが世界に発信できるものづくりになってきました。端的な例がMRJ(三菱リージョナルジェット)で、愛知県で民間機が製造されます。今は4千人近くが働いていて、さらに増えていくでしょう。そういう壮大な航空宇宙産業都市としての役割があります。
 歴史をひも解くと、戦後、トヨタも航空産業に進出したかったのですが、アメリカから、軍事に使われる可能性もあるので飛行機はまかりならん。そのはけ口として自動車に能力を向けていきました。ここに来て、三菱は昔から飛行機をつくっていたので、本丸に戻ってきて三菱がそれを担う。そういう壮大なものです。MRJの工場のそばには展示施設も建設され、そこには零戦も展示されます。今でも当時の作り方の零戦が豊山町にある三菱の南工場に置かれています。
 そういう意味では、次なる展開、アメリカ、ブラジルに対抗するような小型ジェット旅客機「リージョナルジェット」の生産拠点として国策としてやっていくことになる。 

個々の発信力で個々が企業と結び着く
これからは印刷業界としての発信力に

三浦 そうしたことを印刷企業だけでなく、名古屋の企業経営者はどこで知って、どのように理解しているのでしょうね。
木野瀬 認識していないと思います。認識していなくて自然にやっている。また、自然にその恩恵に浴している。それでいいのだと思います。
 われわれは組合として群れているわけですから、群れている中で、それをどう整理して業界として発信していくか。業界としてアピールしていくか。これがこれから大事になってきます。今までは個々の発信力で個々が企業と結びついてきましたが、これからは印刷業界として何ができるかというプライドと責任が大事な時代になってきました。
三浦 自動車産業と新しい航空宇宙産業がかぶさってきたということで、変化にうまく対応していく対応力と独自性、そういうものが、吉宗の時代に宗治という名古屋の城主がいましたが、そういう流れが歴史的にあると思います。
木野瀬 幸い、みんな、このあたりで出ているので、信長好きがいて、秀吉好きがいて、家康好きがいて、それぞれのタイプによって違います。
三浦 以前は家康公、企業をまとめて大企業を築いていった家康が一時はもてはやされましたが、今のように混沌としてきた中では、信長のように先見性と勇気を持って未来を開いていく。そういう信長方式がよい。考え方がいいというように、それぞれ2大背景によって多少は変わってきます。

名古屋の「調整力」をバックボーンに
若い経営者が持つノウハウを活かす

三浦 業界の動き、業態変革に触れさせてもらいたいと思いますが、寄り合って意見を交わしてというのは、前に中村守利さんがスタートしたときの発想です。浅野さんは、業態変革、組合は集いの場だという言い方をされていて、集うことで物事ができるのだと。名古屋の精神からすると業態変革の初期の精神と同じだという感じがしますが、理事長はどのようにお感じになりますか。
木野瀬 私が組合とかかわったのは、中村さんのときです。1999年の中小企業経営革新支援法、その前の構造改善から大きく舵取りをしたときに、では業界としてどうするのかということで提唱されたのが2005計画だと記憶しています。
 突然そこに行けと言われたのですが、なんせ組合が嫌いだったので、なぜやらなくてはいけないのかと言ったのですが、そこには浅野委員長がいて、委員の中には水上さんもいました。いろんなことで誘発されましたが、そのときの感覚は、どのようにまとめていくかという発想ではなかったわけです。どういう方向か、可能性をたくさん出して、その中で出てきたのが業態変革という言葉でした。
 要するに変化と変革は違う。われわれは変化してきただけ、1999年までは。その1999年以降は、頑張ったところを国は支援します。ということは、がんばったところしか生き残れない。がんばるには自ら変革を起こさなければならない。流れに乗って変化するだけではダメだということで、変革ということに議論を費やして業態変革という言葉が出てきました。自ら変わるという意思を示すのが、これからのキーワードになってくるのではないか。そこが一番の、根本の精神ではないでしょうか。
三浦 その精神は、名古屋の調整力、独創力とイコールですか。
木野瀬 イコールだと思います。そこのところでいろんな投げかけをすると、これからを担っていく業界の若者たちは素晴らしく、前に進めようという力も、レベルが高いですから、われわれが引き継いだころと比べて危機感を持ってやっています。業界は大変だ、産業が大変だ、日本の経済が大変だという裏打ちがあるから、なおさらがんばらざるをえないというのは、ものすごく大きいと思います。
三浦 会社によって温度差はあるのでしょうが、全体的には、われわれの業界自体が印刷というメディアからいくつかのメディアに変革していく最中でもありますし、特にタブレット端末の変化は激しいものがあります。若い人でないと見えてこないところもありますが、危機感を持って進もうとしています。若い人たちが持っているノウハウは高いものがあります。そういう若い人のノウハウ、あるいは若い人がこれから進む、それは5年先か3年先かという短いスパンでの感覚かもしれませんが、大変大事ではないか。今の若い人の考え方をわれわれも把握し、業界が把握して、それを生かしていかなければいけないということですね。

受注産業からコンシェルジュの立場に
印刷物より「こんな結果が出せますよ」

木野瀬 私が社長になったのは30年前です。先代が突然亡くなったからですが、当時の業界は、印刷業界に限らず、がんばってもがんばらなくても結果は同じという時代でした。例えば企業が伸びていけばお付き合いをしている印刷会社も伸びていく。お付き合いしている企業が伸びれば自然に伸びていく。地域の人口が勝手に伸びていくので、例えば広報紙をやっていると自然に伸びていく。それが実力と錯覚するような時代でした。
 そのころは広告を打てば集客できる時代でした。今はそんな時代ではありません。お客さま自体が何をすればよいかわからない。困っている時代です。そこにおいては、どれだけアドバイスをしてきちんと結果を出せるか。こんな美しい印刷物ができますという時代から、こんな結果を出せますということ。
 愛知県印刷工業組合では、ソリューションプロバイダーの延長線上でビジネスコンシェルジュ、業界のブランディングのために新たにムービーを作りました。お客さまが何をすればよいかがわからない時代に、その方向性を示してあげるのがわれわれの仕事の範疇になってきた。だから、おのずと受注産業ではなくてコンサル業に近いコンシェルジュの一貫。それを1社で賄うのは無理なので、寄り集まってコラボレーションして立ち向かっていく。そういう時代ではないかと思います。
 驚きのムービーです。昨年、新たに若手の経営者のために、ブランディングツールとして印刷産業をPRするムービーを作りました。それぞれの企業のブランディングを考えたときに、彼らは業界のブランディングのためのムービーを作りたい。予算がないので1社から1万円ずつ合計100万円ほど集めて、それを資金にムービーを作り、先週それを発信しました。ユーチューブにもアップしています。昨日、中部経済局の部長に送りましたが、他業種にもアピールしていきます。リクルートには最適だと思っています。
三浦 印刷関係は、リクルートになると学生には斜陽的で魅力のない業界。この間までは魅力があって、会社説明会でも、20年前に社屋ができたときは、100人以上が入れますが、入りきれないほどで鈴なりのように列ができていました。そういう会社説明会もありましたが、今は変わりました。
われわれが培ってきた印刷工程において提案できることだけではなくて、その人たちの考え方、まさにコンサルタントかもしれませんが、考え方自体をお手伝いする。そういうことが求められています。例えば、印刷物もありますが、デジタル関係の仕事もお手伝いできる。こういう時代背景が今はあるのではないかと思います。
 町によって格差があるので、私どもの西尾地区や岡崎地区では、オーナー同士の懇親を深めるためにバーベキュー大会をしたり、小旅行を計画したり、コミュニケーションを緊密にとりながら地域の業界のつながりを大事にしています。
木野瀬 我々がこうした考え方をするようになったのも、業界を担ってきた岩田さんや高井さんなど、そういう先輩たちのおかげだと思います。突然降ってわいてこうなるわけではないと思うのです。そうではないリーダーのもとだったら、我田引水であったりフレームワンであったり、そういうことがベースになると活力は生まれません。自らすべてのものを作り出す、すべてのお客さまにというように、CS(顧客満足)を実行していけばやることはごまんとあります。逆に、既得権益みたいなところで昔はということになると、そこで思考停止になるのだと思います。
 印刷センチュリークラブで以前、若手経営者が対談しているのを読ませていただきましたが、素晴らしいレベルでした。そういう意味では、彼らが生み出したわけではなくて、彼らを指導し、いろんなことを伝えてきた人たちが立派だったと思います。
三浦 印刷分野での危機感は皆が持っています、若い人は特にそうで、そういう中でどのようにやろうとしているかを語ってもらうと刺激になります。

印刷を中心に置くと色々な結果が出る
「プリント トウ ウエッブ」の考え方

三浦 お客さまのために、すべてのアイデアと、創注産業を目指してコンシェルジュとしての役割を果たして、印刷物とプラス何かでということが言われ始めました。これはどうですか。全印工連活動の目標の中にうたわれていますか。
木野瀬 印刷がペイントやプレスというところで思考停止したら、それはお客さまが望むことではなくなります。本当の意味のクロスメディアという言葉が、何十年もたって、ここでやっとわれわれの持ち物になってきたという感じがします。クロスメディアという言葉は古いです。言葉として独り歩きをしていた時代から、実際に印刷物からQRコードやARなど、いろんなものができます。これからはウェブでやるから、映像で片付けるからと、印刷物が排除されかかったときがありましたが、結果的にそのものを見るためには印刷物が一番手っ取り早く、説得力があるので、波及効果、訴求効果は大きいです。何かがなければホームページにも飛ばない。何かがなかったら伝えたい映像も見てくれません。最初からそれを見てくれるのはよほどマニアックな人です。
 印刷物は、名刺ひとつにしてもさっと渡せます。読んでもらえるのが本当のクロスメディアで、ウェブ・トゥ・プリントではなくてプリント・トゥ・ウェブ、プリント・トゥ・ムービーだと、ある人が言っていました。中心にあるのは印刷物です。おごった言い方ではなくて、当たり前に、印刷を中央に置いたらいろんな効果が生まれやすいということを、われわれはもっと感じなければいけない。そうするとものすごく変わってきます。
三浦 木野瀬さんの今の説明はわかりやすくて、言葉が印象的に残ってきますね。全印工連の広報、PRも今ような言い方で作ってくれると浸透すると思いますが。
木野瀬 残念ながら作っていません。一度、根本的に変えようとしたのですが、結局、改革に失敗しました。その意味からいっても、業界のブランディングは何ですかと問いかけるものを愛知で作りました。それを誰もが感じてくれるものを作りました。
 良いものを作ってほしいと言っただけで、ひと言も要求していません。ストーリーはありましたが、どう作るかは任せました。最後にチェックをしてほしいと言われましたが、皆と一緒に感動を味わいたかったので総代会のときに見ました。その発想力に感動しました。これが印刷業界の発想力であって、他の業界にはないと思いました。
三浦 例えば「クロスメディア」で説明が完結してしまうと聞いている方としては何も残らない。「ようやくわれわれのものになった」という言い方をされると、そうなんだ、あれもそうなんだ、これでいいんだとうなずけると思いますが。
木野瀬 クロスメディアという言葉は、私が最初に使ってからでも25年はたっていると思います。うちの会社も今年クロスメディア事業部を立ち上げました。今までは立ち上げても名前が独り歩きするだけですが、月刊誌を出しているところは、まさしく印刷を中心にしてできるからです。
三浦 今、やっとクロスメディアになった。その感想を語れる人、裏付けを持って、現在のスマートフォンや端末も理解し、プリント・トゥ・ウェブ、プリント・トゥ・ムービーだと語れる。これが大事なときです。
木野瀬 業態変革の中でも、考え方は7keys、5Doorsをリニューアルしながら引き継がれていますが、今回、その精神をリスペクトする形でレベルの高いものを作り上げると思います。
 あれは個々の会社に置き換えてチェックできる項目ですから、あれをそぎ落として、いい意味の今風にしていければと思っています。キーワードは相当変わってきたはずです。われわれが最初にやったときはCSRという言葉はなかったし、MUDという言葉もダイバーシティ経営という言葉もなかった。今はそれが当たり前に求められています。
 MUDで目立つ会社が出てきましたが、そこの専売特許ではない。印刷業界全体でMUDに取り組むからMUDを依頼してくれる。その発想に期待してくれる。そうなるべきであって、数社が目立っている状態はダメです。CSRもしかりで、地域に貢献している。レベルの高いことを求めるのであれば、他の業界から期待されるところまで上り詰める。
 例えば、ARにしてももっと吹聴してもいいと思います。吹聴してマネをするところが出てくれば横展開ができます。よいことはマネをしてもらわないといけない。目立つときはとことん目立つことも大切です。全印工連の女性活躍推進室に出向させる記事を中部経済新聞が取り上げたのですが、メンバーの近藤印刷の近藤起久子社長の写真を女性記者に頼んだのですが、さすが良い写真を撮って掲載してくれました。要するに、これからは女性の力が必要で、それをどう活かすか。コーナーを設けて記事を載せるから自慢の写真を送れと。やっぱり女性記者ですね。顔写真ではなくて全身。業界として、女性がこれだけ活躍しているとアピールすることが必要です。片隅ではなくてメインにしなければならない。

オリンピックの受け皿に我々の地域が
歴史と観光、産業立国の優位性生かす

三浦 企画やアイデアの業種になるには企業全体の演出も必要だということですね。
木野瀬 外国人観光客がこれだけ増えています。東京オリンピックも東京の専売特許にしてはいけない。当たり前に、われわれの地域でも享受できる。また、受け皿になれるようなグレードにする。そして地場の産業、地場の観光資源として活用していく。そういうサイクルが当たり前に必要です。
 5月に三浦さんが創業110周年を迎えた感謝の意味で行ったコンサート「ピアノ独奏と歌姫との響演」こそ、本来は『あいちの印刷』に取材をさせて、広くその意義を伝えるべきです。そのことで、すごいとなってマネをするところが出てこないといけない。
三浦 オリンピックの話題が出ましたが、オリンピックも含めて、今後の市場開拓、名古屋としての取り組み、その可能性と具体策として何をやろうとしているか、いかがですか。
木野瀬 名古屋はものづくりで、MRJは輸出向けにやるわけです。リニアの中間点、発着点になるので、産業観光がクローズアップされてくるはずです。航空宇宙科学博物館は、地域をアピールすると同時に、海外に対してもアピールするという思惑があるはずです。歴史の詰まった歴史的な地域であると同時に、産業観光にもなりうる地域、町でもあります。
三浦 先端産業県、名古屋を地域密着産業としての印刷業界が支える。
木野瀬 それをアピールするのは、広告代理店ではなくて印刷業界です。山車を見ると外国人はすごく喜びます。それは中央の大手広告代理店はやってくれない。でも、県と結びついて発信力があれば、八田や西尾でも集客ができます。それを当たり前の展開にするのは地場の印刷業者だと思います。
三浦 HISが見学コースの一つにトヨタ自動車を入れると新聞に載っていました。地元の抹茶生産工場も最新の設備で無人化されていて、ガラス越しに中の様子を見学することができます。オリンピックについても蒲郡がヨット(東京五輪セーリング競技)の開催地の候補にあがるなど、話題は多いと思います。
木野瀬 ラグビーのワールドカップは豊田スタジアムで開催されます。会社の数も多く、地域のことを理解しています。コンテンツを持っているのはわれわれですから、仕掛けをどのように作っていくか。そこのところの技は、これから私たちが磨いていかなればいけない。
 組合としても、そういう技づくり、コンテンツづくり、仕掛けづくりの取り組みを促すために、前面に出しているのが業界のブランディングで、そのための専門委員会を立ち上げたわけですから、若手の力を使ってガンガン進めていきます。
三浦 印刷産業のブランディングツールとして、印刷産業をPRするムービー「お客様と文化を供創するビジネス・コンシェルジュ」を全国の方に観ていただきたいですね。
木野瀬 まずはこれで、学生たちに見せるとわかりやすいので、全国で使っていただきたい。
三浦 全国で使ってもらってマネをしていただきたいという気持ちです。
木野瀬 大切なことは面白いモノが出てきたときに既成品にしないということです。ブランディング委員会を作る気はなかったのですが、若手に変えようとマーケティング委員会の委員長と相談して、プリントネクストをやっていた荒川君を委員長にして、メンバーを集めてもらいました。この委員会をやるために、一緒にプリントネクストをやっていた非組合員が何人も入っています。若手の経営者たちですが、その発想力に未来の印刷業界を託せるのではないかと思っています。
三浦 今日は貴重なご意見を色々とお聞かせいただきありがようございました。堅牢な大地を名古屋の宝として、また日本の物流拠点としての強さを活かす努力を印刷業界として、これからも続けていかなければなりませんね。木野瀬さん、これからもご指導のほどよろしくお願いします。